【異形の才能】の持ち主が創ったマクドナルド「王国」の秘密とは?
マクドナルドを創ったのはマクドナルド兄弟ですが、
彼らが世界的ハンバーガーチェーンを築いたのではありません。
兄弟はハンバーガー店を運営する、天才的な手腕がありました。
しかし、世界的企業にするほどの商才は持っていなかったのです。
それではなぜ、世界的ハンバーガーチェーンになることが出来たのでしょうか?
それは一人の【異形の才能】の持ち主がいたからなのでした。
ドナルドのモデルは誰?
1・天才同士の出会いはここから
1941年に5種類のミルクセーキを同時に作る機械「マルチミキサー」の独占販売者になりました。
日本でいうと昭和16年、日米太平洋戦争の年です。
男の名は、レイ・クロック。
5種類のミルクセーキを同時に作る機械ですから業務用の機械です。
これを売りあるいてアメリカ中のファーストフード店を見てきました。
そして1954年、カリフォルニアでマクドナルド兄弟と出会います。
きっかけは、「マルチミキサー」を一度に何台も購入したいという電話があったことです。
一度に5つのミルクセーキ作ることが出来る機械を何台も購入するということは、恐ろしいほど店が繁盛しているということです。
レイ・クロックは一体どういう売り方をしているだろうと、興味津々で「マクドナルド」に向かいました。
するとそこは注文すると同時にハンバーガーセットが出てくるという、全米中探してもここしかないという店だったのです。
アメリカ中のファーストフード店を見てきた彼にも、驚異的な速さだったのです。
じつは、当時のアメリカのファーストフード店というのは、広い駐車場があって車の窓を開けて店員に注文するスタイルだったのです。
店員というのはだいたい超ミニの女性で、ローラースケートで車のところまでくるスタイルでした。
当時のイラスト
そして出来上がった商品を、車のドアひっかけるトレイに載せて持ってきてそこで食べるシステムでした。
注文から商品が運ばれてくるまで30分以上かかることはざらで、とても「ファースト」フードと言えるものではなかったのです。
しかも店員の女性はチップで暮らしているような感じだったので、チップ代も必要で値段が安いというわけでもありません。
当時のアメリカ人はどうしてこういう店でも我慢していたかというと、これ以外の店がなかったからでした。
しかしマクドナルド兄弟の店だけは、あっと言う間に商品が出てくるので、レイ・クロックは衝撃を受けました。
マクドナルド兄弟は、当時のアメリカ人が不満だと思うファーストフード店の欠点を、すべてなくした店を造っていたのです。
2・店を乗っ取る
5種類のミルクセーキを同時に作る機械を売りあるいて、アメリカ中のファーストフード店を見てきたレイ・クロックですから、すぐにピンと来ました。
「この店の仕組みを使えば、大繁盛するハンバーガーチェーンをアメリカ中に展開できるぞ」
そこでマクドナルド兄弟に話を聴いてみたのです。
じつはマクドナルド兄弟もこれまで店を増やそうとやってみたのですが、どうしてもうまくいかなかったということでした。
レイ・クロックは売り上げの0.5%を永久に支払うから、その店の権利を売ってくれと交渉したのでした。
1961年(昭和36年)にマクドナルド兄弟から商権を270万ドルで買収しました。
しかし0.5%を永久に支払う約束は守られませんでした。
さらに、「買収後はマクドナルド兄弟は「マクドナルド」の名称使用を認められず、やむなく「ビッグ・マック」という店名に変更するも、クロックはその筋向いにマクドナルドの大型店舗を出店し、倒産に追い込んだ」とあります(ウイキペディア)
ところが買収した後の店舗運営に、レイ・クロックは非常に苦労しました。
例えば当時のファーストフードでは、車のドアにひっかけるトレイに載せて持ってきてそこで食べるシステムでした。
マクドナルドは、それを変更して(今と同じスタイルの)紙にハンバーガーを包んで渡すやり方にしたのです。
これだとトレイを回収する必要はありませんし、客が包み紙を自分でゴミ箱に捨てるので楽です。
しかしそのためには、キッチン内の徹底した衛生管理が必要なのでした。
他にもマクドナルド兄弟のおいしい商品の作り方は厳密に決まっていたので、適当に作るこれまでのコックでは使い物にならなかったのです。
マクドナルドが全米チェーンに拡大するためには、誰が作ってもマクドナルド兄弟の味が再現できなければなりません。
何年も四苦八苦したレイ・クロックがたどり着いたのが、「マニュアル主義」でした。
マクドナルドは分厚いマニュアルがあって、その通りにしか調理することができないようになっています。
これがあるからこそ、アルバイト店員であってもマクドナルド兄弟の味が再現できるのです。
マニュアルがあることで、アルバイト店員をマクドナルド兄弟のクローンにすることができるのです。
つまり、マクドナルド兄弟のクローン化技術を成功できたのが、レイ・クロックの【異形の才能】だったのです。
門外不出のマル秘マニュアル
3・引き継がれた【異形の才能】
このようにして全米を制覇し、やがて世界に広まったマクドナルドです。
そのころ日本に藤田田という男がいました。
田(でん)という変わった名前は母親がクリスチャンだったので、良い言葉を使うようにということで「口の中に十字架」という意味でこれにしたそうです。
やがて成人して、輸出入雑貨販売の「藤田商店」を設立します。
ある時アメリカのユダヤ人の会社から、ナイフとフォーク300万本の注文を受注します。
藤田はそれを岐阜県の業者に発注しますがあいにく田植えの時期と重なり、納期に間に合わないことが確実になりました。
名前が田なのに、田植えで苦労するとは皮肉です。
しかし藤田は飛行機をチャーターして商品を輸送して、納期に間に合わせます。
もちろん大赤字です。
しかし納期を守ったユダヤ人は感激して、さらに大量のナイフとフォークの注文をだします。
これも田植えの時期に重なり、藤田はまたも飛行機をチャーターして商品を輸送して、納期に間に合わせます。
二回目も大赤字です。
しかしこの大赤字により、ユダヤ人の信頼を勝ち得るのです。
その結果、マクドナルドの日本での独占的な経営権を与えられます。
1971年(昭和46年)のことです。
日本マクドナルドはその後、ご存知のように大発展します。
その藤田社長のもとに、九州の高校生から手紙が届きます。
九州の高校生とは、何者なのでしょうか?
謎の高校生
まとめ
何度も届く手紙に、藤田社長はついに折れて面会することにします。
学生服で面会に現れた高校生は、藤田社長の伝記を読んで感動したと言います。
自分も将来起業したいので、何かアドバイスが欲しいと言います。
そこで藤田社長は、こうアドバイスいたのでした。
「アメリカで流行ったものは、必ず日本でも流行る。
今アメリカで流行しつつあるのはコンピューターだ。
だから大学卒業とともにアメリカに行って、コンピューターのことを勉強しなさい」
この藤田社長のアドバイスを実行して、アメリカでコンピューターのことを勉強します。
そして帰国後、会社を興しました。
その会社の名は、「ソフトバンク」
高校生は若き日の、孫正義だったのです。
引き継がれた【異形の才能】です。
追伸
藤田田氏の金儲けの秘密は、「マクドナルドという会社をコピー」して日本に造ったことにあります
前回記事
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